's

隙あらば自分語りと妄想の話をする雑多オタの話

2025年。
今年はこれまでの推したちにサヨナラを告げようと思っていた。
ふたつの推しバンドを残して少し落ち着いた状態で30歳を迎えようと。
10年前に雷に打たれたような感覚で、とんでもない勢いで好きになった某舞台も終わってしまった。
もう他界隈に見に行く物すら無くなってしまったから、本当にバンド以外畳めると思った。

出来心で見始めたBOYS Ⅱ PLANET

2025年7月、とんでもないことが起きてしまった。BOYS Ⅱ PLANET(以下ボイプラ)が始まったのである。
韓国の男性アイドルのオーディション番組。デビューを掴むのは誰なのか全ては視聴者投票で決まる、サバイバル番組。(と思ってたんだけどなんか知らないが最初の評価で複数人の参加者が家に帰らされた。なんでだよ)
そもそも私はKーPOPが分からない。
曲を歌詞先行で聴く私は韓国語が分からないのでKーPOPはとてもハードルが高かった。


ではなぜボイプラを見始めたのか?
それは、そこにproduce 101 Japan The GirlsでダンストレーナーをしていたYUMEKIが出るらしいと聞いたから。
これはME:Iがデビューした番組。私は村上璃杏ちゃんに惚れてこれを見ていた。そこでネタのように言われていた「YUMEKIデビューしようね🫶」「YUMEKI、1pick🫰」。
たしかにトレーナーのYUMEKIはとても顔が良かった。顔はいいけど、顔がいいからこそ厳しい顔したら怖いなこの人、くらいの印象しか無かったし、そもそもそんなに覚えてなかった。
YUMEKIボイプラ参戦は第1回の配信がある前、6月に参加者が発表された時に知った。”YUMEKIデビューしようね🫶”が本当になるのか…なんて面白く思いながら、とりあえず見てみることにした。完全にネタである。


とりあえず私は綺麗な顔してる人を見るのは好きなので、「YUMEKIがデビューしたら追ってもいいかもな。でも見てる間に別の推しが生まれそう」と思いながら見始めた。
実際、最初の評価の時点でサンウォンをめちゃくちゃスクショしている。


シグナルソングのチッケムで、YUMEKIはオールスターバッジをつけている、ってみんなが言っていた。それは、マスター(評価したり教えてくれたりする人。日プのトレーナー位置)の前でそれぞれがパフォーマンスして、歌・ダンス・その他パフォーマンスを総合的に見てつけられた評価されるもの。その結果がオールスターだったという証拠らしい。
まあ、普通に実力認められて韓国でバリバリやってるダンサーだし、なんか何でもそつなくこなしそうだし、そりゃそうかと思っていた。この時までは。


YUMEKIが何故かヨコハマを背負って、一般人として出てきた。たしかに事務所所属してるわけじゃないし一般人と言えば一般人だった。一般人詐欺と私は呼んでいる。
そしてまあ…パフォーマンスは歌が壊滅的だった。多分そもそもキーが合わなくて、かつ踊りながら歌いにくい曲だっただろうとは思うけど、まあまあ壊滅的だった。
ダンスに力の9割が持っていかれていて声が出せてない。この人はダンサーだった、と改めて気付いた。
本人も、歌はやった事なくて下手だと思った、と言っていた。
付けられた評価はワンスター。脱落ギリギリ。ノースターは帰らされたので、ダンスが上手くなければここで終わっていた。
ここで私は、「あれ?YUMEKIって安牌枠じゃないの?」と思い始めた。



そこから、シグナルソングを全員が覚えて、それを歌って踊って再評価をする過程へ。
これは、ボイプラも大体日プと同じ流れだな、と私は学んだ。進研ゼミ(※日プ)でやったところ。
全体的に歌もダンスもアレなワンスターチームに、ダンスについてはオールスターなYUMEKIが入ったことで、ずっとYUMEKIは先生してた。
ワンスターに教えて、オールスターが聞きに来て教えて、ワンスター仲間の子に「カウント違うくない?(違うくなかった)」とか言われつつも、ずっと先生してた。自分の練習時間を削って人に教える参加者の爆誕である。
普通にYUMEKIは歌を練習しないとどうにもならないレベルだったし、、歌詞を覚えるのに時間がかかるらしかった。
ここで1人の参加者の子が「必要な時だけ聞くことにしよう。YUMEKIにも練習時間が必要なはずだ」的なことを言ってくれた。いい子だなと思った。

ボーカルレッスン、まあ音程は取れてなかったり上がりきらなかったり、上手くは無いのに、誰よりも声を出して歌う姿に、シンプルにすごい人だと思った。私はあそこで自分の苦手を自覚してたら大きな声で歌うことは出来ない。練習室ではどれだけ恥かいてもいい。恥かいてこう。というようなことを言ってた堂本光一を思い出した。

そして、その後の評価で、成長を認められてオールスターになる。
私が見て安心したチッケムのオールスターバッジは、当たり前に付けていたものではなくて、こんな短期間で彼が努力して努力して得たものだった。


そして雲行きが怪しくなるグループバトル。

グループバトル。
平たく言えばシグナルソングのチッケム再生数で順位が付けられ、高順位の参加者から順に、自分の好きな参加者を選んでグループを作ることができる。1位が作り終えたら、残った中で次に高い順位の人がまた作って…の繰り返し。
そこでオタクが頑張りすぎたが故に、YUMEKIが1位になる。
これがだめだったと今なら思う。ここで反感を買って、この後ずっとあらぬ噂を囁かれ、誹謗中傷の的になり、「あいつはダンサーしてればいい」とか言われるようになり、理不尽な評価をされるようになる。もう思い出すだけで普通にスマホ割れる。


そこでできたのがアベンジャーズチームと呼ばれるWhiplashチーム。
1位デビューのサンウォン、2位デビューのアンシン、リオ、ゴヌなど後のデビュー組がかなりいる。こんなの誰も勝てないだろうチームを作ってきた。

このグループで、アンジンが目立つあまり、キリングパートを降りた方がいいのかも…とか言い始めたサンウォンの言葉を遮って「キリングパートを変えた方がいいと思ったことは無い。自分たちはサンウォンを信じているから、サンウォンも自分自身をもう少し信じて」と言い切るYUMEKIに私は「え、良い奴じゃーん」なんて雑な感想を抱いていた。まだそこまでハマってなかったからね。

そしてパフォーマンス。
YUMEKIパスタ屋さん事件(ソロパートが全て「パスタァ」に聞こえる、かつ、それが何回かあるのみ)を経て…現場投票、個人戦でワンスターの子に負ける始末。
現場票と韓国票は望めない空気が出てきた頃。
でもこの頃まだYUMEKIは「鯖番おもろ」みたいな顔してはいた。


最初の順位発表。

YUMEKIは17位だった。まあ確かに低くは無いけど、という感じ。正直もう少しいけると思っていた。
あまりにもグローバル票(韓国以外の国からの票)が多く、むしろ大切な韓国票がほぼない状態。集計方法は韓国票の方に重きを置かれているのでかなり心配な状況だった。
この時韓国語の挨拶の途中にえらい流暢に「直接お礼ができるように頑張ります。감사합니다」という日本語の一文を入れてきたのは編集対策では?って言われてたのを覚えている。


ポジション評価

ダンスポジションで、tambourineを選んだ。ダンスポジションは振り付けの創作が課題。
この時には既に、「本国票終わってるしYUMEKIやばいんじゃ…?」みたいな感じはあったと思う。そんな中でリーダーやることになって、振り付けも作って構成も練って…なんてことをひとりでメインでやっていた。
いやそれあんたの本業やがな、と思いつつ見てた。別にみんな押し付けている訳じゃないし、YUMEKIに任せるのはまあ安全だと思うけど。
tambourineチーム、「メキヒョンの振り付けは高額らしい」「そんな人の振り付け貰えて、教えてもらえるなんてすごいこと」的な話をしてたし、ジアハオはYUMEKIがいるから「あそこにするぞ」ってtambourineに来たくらいだったから信頼の証だと分かっているけど。
それでも私は、同じ参加者として番組に出ているのにどこか先生というか、ひとつまた違う場所に置かれ続けているように見えて仕方なかった。
しかも中間評価の後、それを受けて変更を加えてみたらチームの子が「俺目立たない。みんなは人気があるからいいけど…」的なことを言い始めてギスギスするし。(これはこの子は別に悪くない。この鯖番の中で焦りが出るのも当たり前のことだと思うし、こういう気持ちを溜めずに外に出すことは大切)

夜、薄暗い宿舎の部屋で振り付け作って構成練って、また作り直して…ってひとりやっている背中をよく見た気がする。たしかにこれまで振付師してたことを考えると、よくある事かもしれないけど。
あなたも参加者なんだよ、夢を追ってここに来た中の一人なんだよ、と思ってこの頃から少しずつ情が出始める。

そんなこんなで色々乗越えて迎えたステージ発表・現場投票の日。
もう絶対に忘れない。720点をつけられた日。
現場投票があからさま過ぎた。他の子達は軒並み1000は超えている中。
他でもないダンスポジションでYUMEKIが720点なわけがない。目ついてんのか、と思った。全ポジションで見ても最下位の得点。
この後、他の参加者が暴露とか色々あった時もあからさまに点数低かったので、この720点は絶対にパフォーマンス自体への評価ではなく、もっと意図的なものだと確信している。

何よりこの時のYUMEKIがずっと悟った顔してて辛い。多分、合間に休暇もあったし韓国視聴者の中での自分の評価を知ってたんだろうな、と思う。

Whiplashで負けた時のような「鯖番おもしれぇな」的な顔じゃない。
年長組でリーダーで、そして付けられたこの点数。参加者の子達はみんな驚いてくれて、ジアハオに関してはずっと信じられないって顔してくれて、ハンウェンはすぐに抱きしめに来てくれて、泣いてくれてた子までいた。
チームメイトに囲まれて、みんなにハグしながら、1人なんて事ない、みたいな顔作ってたYUMEKIが辛くて辛くて仕方なかった。
あとからインタビューであんな子どもみたいな顔するくせに。


スメンパでよくしくしく泣いてたらしいYUMEKIは、ボイプラでもなんやかんや泣いてんだろうなと思ってた。でも、クルーの中で年下組だったスメンパと違って、最年長組になるボイプラで、YUMEKIはもう泣けないんだなと思った。
このとき「こんなとこでデビューしなくていい。」と思った記憶がある。もうYUMEKIがYUMEKIであるだけでこんな評価をされるなら何をしたってどうにもならない。別に低い評価をするなということではなくて、パフォーマンスを正当に評価して欲しいだけなのに。


そして迎える第2回順位発表。

もう気が気ではなかった。本国票が絶望的なのはもう分かっていた。
今回は第1回のようにベネフィットもない。
いかにヤバいかって、順位発表の少し前に開催されるデッドライン前後の候補者を3人上げて脱落者決定投票をする生配信があって、そこでYUMEKIの名前が上がるかもしれないからリアルタイム投票待機してた方がいいかも、ってみんなが言うレベル。
しかもここで名前が上がらなくて本当にだめだったか…と思った。
正直こんな早くに脱落する不安を抱えないといけないとは思ってなかった。
結果は24位まで生存の中で22位。あまりにギリギリすぎる。
この辺はもうしんどくて順位しか覚えていない。


この次はコンセプト評価。Lucky Macho。

この辺については私はもう辛すぎて本編ほぼ見ていない。
Lucky Macho組は普通に平穏だったと聞いた。
ま、とにかく茶髪が可愛かった。レッサーパンダ、雀の赤ちゃん(アホな感想)Lucky Machoで忘れられないのは、パフォーマンス・現場投票する日の話。
まあもちろん配信前にこの日を迎えるわけなんだけど(この日のステージも入れて編集するから)
tambourine720点のこともあって、もう現場票について何も信じられなくなってた。
またあんな目に遭わされるんじゃないかって。またあんな顔させなきゃいけないのかなって。
怖くて怖くて、レポが上がるのをずっと待ってたのを覚えている。
結果として、韓国勢からの評価は比較的良かった。茶髪のビジュが韓国勢に響いたのと、ラップパートも良かったらしかった。
今更何言ってんだとしか思わなかったけど。


それより何よりこの話。YUMEKIのファンの人が客席に入ってて、周りの人にもお願いしつつ、結果待ちの間たくさんたくさんYUMEKIの名前呼んでくれたらしい。
それ聞いて、ぐすぐす泣き出したってレポが上がってきたもんだから、私も泣いた。
tambourineからここまでどんな気持ちでパフォーマンス用意してステージに立ってたんだろうって。スメンパのとき、自分のダンスを評価され勝ち負けを決められ、真っ向から否定されることがキツかった、ってONE DANCE(エッセイ)に書いてたことを思い出した。
あの偏った評価は彼のダンスに対してじゃないし、そもそも理不尽な話だって、ここまでの流れを見てたファンは思っているけど、本人がそう理解できるほどの情報を持ってるか分からなかったから。

まあでもオタクの言う泣いてたって話だしな…と思って配信分見たらそこはカットされてたんだけど、点数発表後の映像のYUMEKIが明らかに泣いてた人の顔してて、「ほんとに泣いてたんだな」って確信してる。


結果は悪くはなかった。ちゃんと評価してくれた人が増えたんだろうって感じだった。
あの時まっすぐ点数が出されるモニターを見ていて、点数が出された瞬間、隣に座るシンロンの手を探したYUMEKIの左手が私は本当に好き。この瞬間どれだけ緊張しただろうか。もうシンロン一生手繋いでてあげて。


ちなみに私はこの辺でもう本気の沼にハマって、GAに手を出す。
あとDC用のカンパにもお金払ってる。
私は別にここでデビューしなくていいと思ってるけどゆめきがそれを望むなら。と思って。


そして第3回順位発表

Mnet(ボイプラ制作会社)最大のヤラカシである。
ファイナルに進む参加者が決まるこの順位発表配信の前に…!
ファイナルのステージの説明を受けるファイナリスト16人の引きの映像が入った予告編を…!
モザイクなしでYouTubeに投稿してしまったのである…!!あほなのか!!!!!!!!!


…まあそれはそれとして。そこで9位のところにいる参加者がYUMEKIなのか?もう一人の子なのか?どちらか判別がつかない感じだった。
でもその子がYUMEKIじゃなかったら他にYUMEKIらしいシルエットの子はいなくて…私はまじの体調不良になった。頭痛腹痛吐き気である。
この頃にはもうめちゃくちゃに叩かれてて、ダンサーしてればいいとか見た目がどうだとか身長がなんだとか。そのへんも相まって本気で体調悪くなった。

発表は、上位16人が生存。デッドラインはあとからで、安全圏の下位から発表されていった(はず)
どんどん順位が上がっていってゆめき(この辺から沼にハマったのでダンサー・トレーナーYUMEKIではなく、シンプルなゆめきとして見ているのでここからはひらがな表記)はどんどんもう諦めた顔になっていった。「〇位の参加者は〜〜〜な人です」みたいな発表前にタメがあるんだけど、自分に当てはまるかも?みたいな事を言われても「他にもいるでしょ」なんて笑っている。期待しないようにしてるのかな、なんて思ってみていた。前回22位だからたしかに12位くらいまでで呼ばれないと望みはないと思うよね。なぜか突然「ユメキ参加者と同じチームで〜…」とかいきなり名前出される始末。ゆめきの「??????」顔拝めたからギリギリ許すけど。


私はMnetの誤爆があったからずっとずっと9位が怖かった。そこまで(当たり前だけど)誤爆で見た順位そのままだったから。

発表のとき、デビュー圏内最下位の8位候補者(8位と9位)がいっぺんに映し出された。
ゆめきとサンヒョンだった。
私はこの時のゆめきの顔が今も忘れられない。
自分はもう呼ばれないと思ってただろう顔。ここで終わりだろうと思ってただろう顔をしていた。
あんないつも卒業式スタイルで座ってるの背もたれにもたれていて。
モニターに自分が映されてて、びっくりした顔しながら背を起こした。
あんないつも冷静そうな顔してたくせに、目泳がせて、きょろきょろしている。周りの子達の方がみんな喜んでくれてる。(8.9位だから生存は確定なので)
結果としては9位だったけど、ずっと信じられないって顔してたゆめきを今も忘れられずにいる。コメントする時も生存者の席に座ってからも、ずっとそんな顔してた。多分隣の席の子にそんな感じのことを話してる様子もあった。
この顔を9月25日にさせてあげたかった。
結局デビュー1歩手前のこれが、彼の最高順位になったけど。


ここで、ずっとゆめきのそばに居てくれたチンウィが脱落になった。
YUMEKI先生がマスターだったらいいな、なんて事前インタビューで言っていたWAKEONE練習生。台湾出身でダンスの上手な男の子。
この子は気がついたらずっとゆめきと手を繋ぎ、ゆめきの隣にひっつき、メキメキメキメキ言ってくれていた。

この子がついに脱落になって、順位発表後10歳も年上のゆめきに、「あんまり無理しないでね」「チンウィが居なくても頑張ってね」なんて言う。自分は脱落になってこの場を去るのに、相手のための言葉ばかり話すこの子はなんて愛の深い子だろうと思った。
そして16歳の男の子が、”憧れ”と言ってた”先生”と呼んでた相手にこんな言葉をかけるくらいには色んな声がゆめきに届いてたんだろうなと思って胸が痛かった。
ここ見てちょっと本気でチンウィいないファイナル大丈夫かなと思った。そこで、チンウィはファンがゆめきにしてあげたかったことをして、掛けてあげたかった言葉を掛けてきてくれてたのかもしれないなと思った。そんな特別なことじゃない。ただ、誰が何を言おうとゆめきだけを信じてそばにいて、「ゆめき最高」「ゆめきが誰よりかっこよかったよ」って言葉をかけるということ。



この頃、オタクたちは揉めに揉めていた。ただの内輪揉め。でもファイナルを前にしてこんな荒れてて行けるのかって感じもした。
ファイナルは札束での殴り合いだって聞いていた。ファンたちがお金を集めて、それで豪華な景品用意して、投票してくれた人に抽選でプレゼント!とかやってる。なんか過去には中華富豪が家とか出してきた鯖番あったらしいけど。
そしてうちのFDは、そもそもファイナルに残すために一旦ある程度札束は使っていた。その成果の9位だった可能性が高い。
日本国内では横浜でティッシュ配りしたり、お店にチラシ置いてもらったりするファンもいた。Twitterでは「投票したらゆめきのファンが褒めてくれる」という謎ムーブができて(なんかくそほど叩かれたけど)いたりもした。
鯖番怖って思った。

ファイナルとそれから

ファイナルの放送は私の誕生日だった。
結局ゆめきは11位だった。
ファイナルで流れた映像の「自分のステージを作りたい。自分が主人公になりたい。なので、この夢を諦められませんでした」の言葉がずっと刺さったままだ。


ゆめきにダメなところなんて最初から最後までひとつもなかった、ってファイナルの後すぐポストしたけど今もその思いは変わらない。
セミファイナルあたりからもう次はないかな、みたいな顔ばっかりしてて、ファイナルに至っては結果発表前に、もうやりきったって顔までしてたけど。
私にとって、この2025年夏の主人公はゆめきだった。ボイプラを見始めた時は他の人が推しになるかもなんて思ってたけど、他の人なんて見ることができないくらいゆめきばっかりだった。

表情強すぎとか、個性的すぎ、アイドルっぽくないとか(Hulu引用) 言われまくった。と本人が言っていた。
本当にその通りで、思い出すのも嫌なくらい色々言われていた。
期間中、どんどんダンサーからアイドル向けのビジュアル、アイドル向けの踊り方になっていった過程が、本当に愛おしくてなんか切なくて好き。その変化を丸ごと大事に綺麗な箱に入れておきたいタイプの好き。伝わらないとは思うが。
茶色に染めた髪も、柔らかいニュアンスになっていったダンスも。それまでのスタイルと違うことを求められて、そうしたら評価もマシになったけど、べつにそれまでのゆめきにダメとこなんて何も無かったんだよ。と思う。一部のスタクリ(視聴者)がアホだっただけだ。




そして、26日深夜から27日早朝にかけてゆめきのインスタ投稿が全部消えた。
1つずつ手作業で消してたみたい。
プロフィール画像も投稿も全部消えた。(プロフィールはもっと前に消えてたけど)
意図が全く分からなかった。メンタルボロボロだったっていうスメンパのあとも投稿を消したらしいから、そのレベルで凹んでいるのかも、とかもう本当に色んなことを考えた。
今後彼はどうするんだろう、姿を見られる日は来るのかな。でももう元気でいてくれたらそれで…。とか。
(2025年末の今は、アーカイブから戻してきたみたいで過去の投稿も戻ってきている。何があってこの数ヶ月消していたのかは分からない。でも分からなくていい。彼の感情は彼だけのものだって常々思っている。)



27日はThis is LASTのライブが入っていた。
ゆめきのインスタは消えたまま、どこでどうして過ごしているのかも分からない。でも、This is LASTのセトリがめちゃくちゃいいらしくて、行っておかないと、と半ば使命感の中でZeppに行った。
ずっと心ここに在らずだった。何を聞いてもゆめきを思い出して、ライブの間、なにか動きがなかったかな、あるわけないか、を繰り返していた。

ライブ終わりのZeppの中はdocomoのくせに電波が弱くてTwitterのTLも更新できない。
Zeppから離れて駅に向かって歩道を歩いて人が密集している所をぬけると通信ができるようになった。
そこにはインスタに手書きのメッセージが投稿されたと騒ぎになってるTL。
足を止めてインスタを見た。普通に歩道の脇で泣いた。
締めの言葉が「みんな幸せになってね。愛してます」だった。
デビューさせてあげられなかったのに、たった2日でこんな文章を書いて幸せになってねって言ってくれるゆめきができた人すぎて困った。



この後、怒涛のbubble、YouTube、ファンミ発表、FC生配信、と来て、むしろ情報に追いつけないくらいたくさんのものをファンに与えてくれてる。
振り付けの仕事もして、ファン向けの仕事もして、来年にはダンサーとしてワークショップも決まってる。
本当に今、アイドルとしてのゆめきだけがどこにもない。

あれだけ壊滅的だった歌が、ファンミでなとりのOverdose宇多田ヒカルのFirstLoveを歌いきれるくらいになっていた。
ジョングクのSevenもめちゃくちゃうまく歌って踊っている。
私はゆめきの歌声が大好きでリアルに三日に一回は聴く。甘くて可愛い声で、まだ音程を取ることを主においているからか、言葉ひとつひとつを丁寧に歌う。ゆめきの本業が今はダンサーなのは分かってるけど、一曲でいいからこの声だけを聞ける彼のために作られた曲が欲しい。


bubbleでは天然なのかなんなのかオタクを転がして遊んでくれている。寝る前にbubble開くのが習慣なんて言うくらい始めたばかりの頃は毎日送ってきていた。今は突然1時間規模の怒涛の返信ラッシュをしてくる。
FCではちょっと心のうちに踏み込ませてくれる時がある。

結局何の話なのか

私はゆめきのことをだいぶ強い人だと思っている節があった。ひとりで海外でここまで走り続けてきた人だし、この先もなにか大きい決断をする時、ファンの事より自分の心の動くほうを選ぶと思っている。だからある日いきなり「こんなことしたいから、もう表舞台には立ちません!」とか言ってきてもおかしくないと思ってる。だから全ての”今”が愛おしい。

強い強いと思っていたのに、FCに「一人で不安や怖さを抱えていた自分に手を差し伸べてくれるのはファンのみんな(雑な要約。ゆめきの書いた文章はもっと愛おしい言葉選び)」なんて書いてくるから。ゆめきがそういう感情の時にファンの存在を1ミリでも拠り所にしてくれていることにびっくりした。
そしてやっぱり、この人を大事にしたいと思った。どこにいても何をしていても、ファンくらいは彼を盲目的に信じて全面的に味方でいてあげたい。


いつもゆめきは色んなところでファンに向けて幸せになってねって言ってくれる。
けれど、私はそれよりもゆめきに幸せに生きていって欲しい。
彼の感じる悔しさとか負けたくないって気持ちは生きる糧かもしれないけど、それらが全部理不尽から来るものではない環境にいて欲しい。


2026年、彼がたくさんの愛に包まれて幸せに生きられる年であればいいと思う。

the shes goneが4ピースになった(約1年11ヶ月ぶりに)

2025年3月27日19:00発表

the shes goneに
ベーシスト松田ナオトさんが加入してくれたぞー!!!!!
ありがとうー!!!!




正直いうと私は本当にこの日を待ち望んでいた。
2023年4月25日、我らが末っ子Daishiくんが卒業して行って、サポートベースを迎えながらのライブだった。
私の記憶の限りだと、2人のサポートベースを迎えてきたはず。
いつからか、それが松田さん一本になってきて、きらめくきもち以降の楽曲制作も一緒にしてくださってて。
「え、これ加入じゃないの…?」なんて期待を込めつつ何度も思ってきた。

ライブで、とても楽しそうにぴょんぴょんしながらベースを弾く姿も、メンバーととても仲の良さそうな雰囲気も、そしてめちゃめちゃかっこいいベースの演奏もとても好きで。
今まで、兼丸さんとマサキさん側に行くことが多かったけど、松田さん見たくて反対側に位置取る事も増えた。

もう本当に加入して欲しいと思い続けていた。
だけど、松田さんは色んなところで活躍してて。
私はthe shes goneでの松田さんしか見ていないし、彼のこれまでの歴史を知らないし、軽々しく「the shes gone入ってよ」なんて、SNSの個人的なつぶやきだとしても口にできなくて心に閉まってた。


そしたら、26日のタワレコ周りに松田さん一緒に来てるし、タワレコのフォトスペース?でも4人で撮ってるし…
え、これそういうこと???ってなって

そーうなったらいいのになそーうなったらいいのになっ

2025年03月26日 7:44 午後

とかいうノーテンキなポストをしている。
これはもう、4人で行ってて、松田さんがサイン書いてる映像が出たら確定だと思ってたら、それも出てきて

え、それさぁほんとにさぁそうであってほしいけどさぁ

2025年03月26日 8:05 午後

だけど違った時のために大声では言えないチキン。
20:00〜のインライで発表するかなとか思ってた。けどなかった。
ら、幸せインライの後に、「the shes goneから大切なお知らせがあります。」だって。
みんな怖がってる感じだったけど(年明けからのバンド界隈の大切なお知らせは寂しい悲しいのが多かったからねぇ…)、上のように加入への期待しかない私はこれ確定演出じゃん、と思った。
そしたらやっぱり正式加入だった、うれしー!!!
(ツアーの兼丸さんの言葉を聞いてたわたしは、解散や休止なんて今は絶対にないと確信できてたのがとても大きい。)



2023年、まだまだDaishiくんの居なくなった穴が、バンド演奏的にも心情的にも大きかっただろう頃にthe shes goneというバンドに参加してくれて、ついには兼丸さんが「the shes goneに期待していてください」って口にしてくれるようになって、松田さん本当にその存在にありがとう。
A.I.D.やY.F.M.ツアーを経て、2025年「さあこれからさらに加速していくぞ!」というthe shes goneに松田さんが正規メンバーとして所属が決まったの、本当に楽しみだし嬉しい。
なにより、加入コメントで、「武道館一直線目指して」って言ってくれる人というのがとっても心強い。


これからのthe shes goneとっても楽しみ!!









そして最後に、マサキさんはいつから西尾マサキ表記になったんですか。
ニシオマサキ→マサキ→西尾マサキの遍歴ですか。
これでメンバーの4分の3がフルネームになった!

You Found Me TOURについて書きたいと思って年を越した。

しかも年越しどころか2024年度すら終わろうとしている。
ので記録として書きたかったことだけ書く。




You Found Me TOURは言わずもがなthe shes goneのツアー。
2024年の秋冬ツアーで、全国8公演のうち半分はワンマン、もう半分はゲストあり。

今回は、千葉、大阪、名古屋、新潟、山口、東京の6公演に参加してきた。
普通にどんだけ行くんだと自分でも思った。
でも今から振り返ってみても、同年5〜6月のA.I.D. TOURと併せて、the shes goneのファンをする上で、参加出来て心から良かったと思うツアーだった。




初日、千葉LOOK
いや、このツアーを通して伝えてくれた言葉だけど、

「あなたの”一番”を諦めるのをやめました」

という言葉に泣いた。これは若い子がよく言う「泣いた〜☆」ではなく本気で泣いた。


the shes goneは、兼丸さんは、いつでも優しくて、何があってもライブや音源で暖かく包み込んでくれるような雰囲気が素晴らしいと思っている。
「色々なバンドがいる中で、一番じゃなくてもいいから...」というような言葉を聞くことが多かった。
一番でなくても、ふとした瞬間にそばに寄り添えたらと言ってくれるその言葉はthe shes goneらしいというか、兼丸さんらしいというか、派手でなくてもいつもそばに、みたいな頼もしさはあった。(私の中の解釈ではあるけど)
それでも、the shes goneを常に一番に置いている自分にとって、”私の一番”から”一番でなくていい”と繰り返し言われるのは何だかなんとも言えない気持ちだった。「あなたを一番に据え置いてる人もいるんだよ。」という気持ち。もちろん、彼らがそれをわかっていない訳では無いのも分かっていたけど。
「あなたの一番になる」とか、シンプルに「売れたい」だとか、そう言って欲しいと思う気持ちもあった。


「あなたの一番を諦めるのをやめました」
ツアー中繰り返し何度も聞いたこの言葉を私はずっと待っていた。
これからも「”かっこいい”は他のバンドに...」とか言うかもしれないけれど、根幹には「あなたの一番に」という気持ちを持っていると思っておいて、って言ってくれていたので、怖いものは何も無くなった。
本当に私はこの言葉がずっと欲しかった。
私の応援する人は大抵あんまり自己肯定感高めではない。
別にそんな感じの人を選んでいる訳では無いけど、「自分なんて」とか「自分よりも周りの方が...」とかそんな言葉を聞くことが多い。でも応援している時点で、世界で一番だ、と思っている訳だから「あなたは凄い、あなたは世界一かっこいい」と常に思っている。酔ってない。
そう、あなたはあなた達は世界で一番素晴らしい。

この言葉を何度でも聞きたくて、この先もこの瞬間を忘れたくなくて、残りの5公演MCの度にドキドキして耳をすまして聞いていた。



他に複数公演でしてた話として。
解散するからとか、女遊びして炎上しましたとか、やっちゃいけないことしましたとか、そんなので注目されるなんてごめんだ。女遊びやダメなことをして、「それでこそロックだ」なんて言われることもあるけど、そんなのは違うと思う、真面目に音楽をしてきた身からすれば悔しいと思う。
というものがあった。
ちょうどこの時期、色んなバンドが色んなことになってたから思うことがあったんだろうなと思いながら聞いてた。


コロナ禍からこっち、辛いことやしんどいことが沢山降りかかったんだろう兼丸さんの話はA.I.D.のときに少し聞かせてもらった。
多分私たちが言葉で聞かせてもらえて受ける印象よりしんどかったんだろうなと思った。
それでも、音楽に向き合って、そんな時期を乗り越えて歌に昇華して私たちの背中を全てを押そうとしてくれる。もしかしたら神様だったりするのか。

笑ってる君がよくて なんなら泣いてる君も見たくて
(シーズンワン / the shes gone)

なんて色んな顔を見たいけど、できるだけ大好きな人には笑って生きていって欲しい。


あなたが自分たちを見つけてくれたから、って言ってくれるけど、私にあなたたちを見つけさせてくれてありがとう。という気持ちに溢れたツアーだった。
ええ...ってなるくらい行けてよかった。

エイド という曲

2024年3月20日にデジタルリリースされたthe shes goneの楽曲、エイド

エイド

エイド

  • the shes gone
  • ロック
  • ¥255

2019年からthe shes goneを追いかけている私は
この曲に出会って、この曲を聴く人生を送るために
あの日あの時the shes goneに出会ったんだと本気で思った。




背中どころか全てを押しに来た
(エイド / the shes gone)※以下同曲から引用

っていう歌詞の通りの歌。
ここ数年のコロナ禍、色んなことを感じて考えて乗り越えてきた兼丸さんが、『背中どころか全てを押しに来』てくれる歌。



私がこの曲を初めて聴いたのは、2024年1月31日のthe shes LAST Girlの名古屋公演。
「あー、化物とか春の中にとかそれ系ね」※私の中の分類の話
と思って聴いていた。
その翌日の大阪公演も聴いてるんだけど、「ああ、これで売れてしまうのでは?」ってインスタのレポに書いてる。
でもまあ、そんな感じだった。



で、来たる3月17日の弾き語りフリーライブ。
30分だけって言われてたし、無料ライブだし、下北沢だし、翌日仕事だしで、まあまあいつもなら行かない方面の形態だったんだけど、どうしても行きたくて行った。


その前日、私の職場では次年度の職員体制の発表があった。
正直10年、20年選手の先輩方の中に片手で足りる経験年数の私がひとり居るような職場なので、大きな配置替えなんてないと思ってた。業務内容的にも、3年間ずっと担当していたところ以外はまだまだ回ってこないだろうと。

そうしたら、「いや、無理ィ……」ってなる配置が発表された。自分の”苦手なこと” ”出来ればしたくないこと”を網羅してるような配置。
前の年までは大先輩が担当してたところで、その先輩はやること全部完璧で丁寧で……その点私は、やり漏らすわ、忘れるわ、後回しにするわ、シンプルに経験がないわで。
もう「無理ですぅ……」って言いつづけて、先輩が励ましてくれて、体制発表の一日が終わったレベル。


弾き語りライブには、昼行便のバスで8時間くらいかけて行ったんだけどそのバスの中でもずーーーっとそればっかり考えてた。どうしよう新年度。って。
でも、弾き語りライブでこの曲を聴いてボロッボロに泣いて、とりあえず4月5月頑張ってみようと思えた。


そうして、ツアーだったり各種イベントだったりで何度もエイドを聴いて、その度に頑張ろうって思って今、半年が過ぎた。





この曲は、”私にとってのthe shes goneとは”を形にしたような曲だと思っている。

まだ先へ進めるように
心のリュックを軽くする

私はそのためにシズゴのライブに通いつめている。
ライブとライブの間、1ヶ月2ヶ月を生き抜いて、the shes goneに会いに行ってまた次のライブまで頑張ろうって、いつもその繰り返し。


全てが上手くいきますように

進み方も速度も君で良いんだ
疑うな
自分のことを信じていけ そのまま行け

the shes goneはいつだってこのメッセージを携えて、傍に寄り添ってくれてたな、と再確認する。
いつも、そのままの自分で、自分のやり方で存在することを否定せずに寄り添ってくれてる。

私のthe shes goneの解釈と、この曲を彼らが歌い演奏する現実とはとても上手くハマっていると思う。


この曲は聴き慣れてしまいたくないから、ライブとびっくりするほどしんどい時しか聴かないようにしてる。

でも、私は、エイドを聴いて、そして救われる為にthe shes goneを5年も愛してきたんだなと思った。

大事な曲がまたひとつ増えた、なんて簡単な言葉で表しきれないけど。この曲はこれからもずっと聞いていくんだと思う。


エイド

エイド

  • the shes gone
  • ロック
  • ¥255

Aims In Dawn 2024

いや、ちゃんとコンスタントに書けよってね。
気づけば梅雨です。ジメジメが苦手です。





the shes gone、2024年前半のツアーはAims In Dawn。夜明けを目指して。
ツアータイトルが発表された時、このツアーには行かないと後悔すると思った。
コロナ禍、暗闇の中にいたと話してくれた兼丸さんのことを真っ先に思い出して。そんな彼がボーカルで楽曲制作もしてるthe shes goneが、このツアータイトルを引っ提げて来るなんて行かないと絶対後悔するに決まってると思った。

そして、兼丸さんはthe shes goneはその期待を上回ってくるからやめられない。



今回は3公演。広島、名古屋、大阪。
(私は2015年より堂本光一さんのファンをしており、そんな彼のライフワークのひとつ、Endless SHOCKラストイヤーなので控えた)

このツアーは本当に、今この瞬間のthe shes goneの全てが詰め込まれてた。
片想いバンドじゃない。日常に寄り添う、ってこういうこと。
今のthe shes goneの最高到達点。




エイドの前のMCでは、ここ数年のしんどい時期の話をしてくれていた。
「今眠ったら、明日が来てしまうよな」なんて、そんな言葉を大好きな人の口から聞くと心臓止まりそうになった。

私は2012年からずっと”推し”なり”好きなアーティスト”がいる。
何においても基本的には盲目過保護なので、大好きな人には「明日が来てしまう」そんな気持ちを理解してしまうようなことは起きずに幸せに過ごして欲しいと思う。
それでも、その気持ちを理解してしまう彼が、そこを抜けて今、目の前で歌ってくれるのは、どれだけ有難いことなんだろう。


暗闇に差し込む光になる。手を差し伸べる。掴んだこの手は離さない。
そして、暗闇をぬけた先で「しんどかったね、頑張ったね」って言ってあげたい。


だって。

私は14歳くらいの時に「今眠ったら明日が来てしまう」と思ったり、「明日なんて来なければいいのに」と思って、ゆっくり”明日”を運んで来て明るくなる空を眺めてたりしてたけど。
十数年経って出会う大好きな同い年のバンドマンに、MCでそんな言葉をかけてもらえるぞ。なんて思うと人生捨てたもんじゃないな。

そんな話からのエイドは泣けないわけがなくて、どこで聞いても泣いてる。
名古屋の時に、エイド歌う兼丸さん見て、ふと「私はこの曲を聴くためにあの日the shes goneを好きになったのかもしれないな」と思った。
そのくらい、きっと今後の私の人生でも必要になる曲だと思う。


何よりこのツアー、本当にセトリが最強すぎて。
しかも、アンコールからがめちゃくちゃカッコいいの。
アンコール受けて出てきてくれる時、今までは兼丸さん以外でちょろっとトークして、兼丸さん出てきてトークして歌う、みたいな。


でも今回はガッツリセッション。
the shes goneの新しい一面見れた。シズゴの日でもやってくれたけど、この路線楽しいしくまさん激かっこいいしこれで行こう(?)
ここ、広島でテンション上がってビール瓶持ってきた兼丸さんのことを私は忘れない。思いのほかビール吹きこぼれて「あっ…」ってなって、とりあえず手をぶんぶんして乾かしてたのは忘れない。
どの瞬間も(略してどの瞬)の間奏で笑いながらステージ横にいるスタッフさんにこぼしたー!って伝えて雑巾持ってきてもらって静かに拭いていた背中も忘れない。
こぼして自分で拭くとこまでまとめて兼丸さんで本当に好き。



今年度、えっらい人事が発表された翌日「ええ…」ってなりながらバスに揺られて向かった下北沢の弾き語りライブから3ヶ月。
自分のキャパ、理想と実力、弱点、色々見えてきた3ヶ月。
このツアーがこのタイミングで行われてることによって「今週乗り越えたら広島」「今週乗り越えたら名阪」と思って生き延びてきた。
無理ィ!ってなったらSpotify(※Spotify派)開いたらエイドを聞いて救われてきた。


いつだって”私の曲”を歌ってくれるthe shes goneはすごいと思う。
保育実習に行く頃に化物、就職する時に春の中に、多分上層部が一段ステップを登らせようとてるだろう今年にエイド。

今までもこれからも、ただ一緒に、隣にいさせてね。
同い年で、これからのことも考える年齢、節目の歳がこれからいくつも近づいてくるけど、ずっと私が会いに行けるところで歌っていて欲しい、なんて自分勝手なことを願いながら。


夜明けを共に歩いていこう。




そして最終日に秋(冬?)ツアー発表してくれるの本当に助かる。
とりあえず職員会議に関わらない5箇所応募した。

the shes goneの2024年が始まったぞ

始まったぞ。

今年のthe shes goneはthe shes LAST Girlから。
名阪参戦してきた。
最速で取った名古屋が440番台だった話は永遠にする。びっくりした。
でも大阪で最前センターから3人ズレくらいのところに行けたからもういい。(そしてThis is LASTにハマりかけてるのは秘密)


既にツアーも発表されていて、新曲のDigital releaseも決まってて、JAPAN JAMも決まってて良い滑り出し。


2024年の兼丸さんは”人前に出るのが怖い”と思うそんな時期を抜けたらしい。

最強だと思う。

そのトンネルの中を知らないより、知ってる方が絶対にいい。
大好きな人に辛い思いはして欲しくないけど、日常に寄り添う歌を歌う人としては色んなことを知ってる人の方が全然信用出来る。


そんな兼丸さんがフロントマンとして歌ってるthe shes goneが2024年走り出したんだぞ。最強だろ。と思う。


ツアーも広島・名古屋・大阪公演はおさえたので今年も全力でついて行くしかないなと思っている。
有給休暇はまだある。夏休みもある。サマゴも待ってるよ。できれば野外がいいな。


2024年もthe shes goneが彼ららしく、彼らのやりたいことをやりたいように出来る年であってくれたらいい。
いつだってthe shes goneの行く道が間違ってることはないと思うから。
胸張って「毎日を頑張って生きてるよ」って言えるように私はお仕事を頑張ります。

the shes goneの秋

9月〜11月はthe shes goneの秋だと決めてた。
そもそもツアーを5公演申し込んで全部当たったからなんだけど。
これまでツアーは大抵大阪1公演だけ行ってたんだけど、2022年の秋、ここに名古屋と岡山を足してしまった。
そして、2023年はシズゴの日に参加するため東京まで行ってしまった。

そう、the shes goneのために”遠征”というやつをしてしまった。

そもそも私はジャニオタとして7年ほど生きてきてるので遠征自体になんの抵抗もない。
当時グループに所属していた渋谷すばるがソロライブをすると聞けば北から南まで全ての公演に応募し(数打ちゃ当たる方式で、福岡だけ当たった)、堂本光一が舞台をすると聞けば当たり前のように帝国劇場へ行った。

でも、the shes goneはバンドであってアイドルじゃない。
私も高校生じゃなくなったし、なんならthe shes goneを応援して2年目からは社会人だった。
だからこそ、この盲目的な追いかけ方はしないぞと心に決めてた。はずだったのに。

気がついたら2023年の秋だけで9つthe shes goneのライブを見ていた。


・ツアー5本
・学祭3本
・サーキットイベント1本 である。


学祭3本が何故か全部関西地方で、調子に乗って参加した部分は否めない。ぼっちで母校でもない大学の学祭はハードル高かった。
それでも全部行ってよかった。



大きいライブハウスでのツーマン、小さなライブハウスでのワンマン、両方見た。初めて琵琶湖を見て初めて兼六園に行った。

秋のツアー、2023年のthe shes goneは、the shes goneの全てはこれなんだって正面からぶつけてきてくれた公演だったと思う。兼丸さんの”人前に出るのが怖くなった”という言葉も全て。そんな気持ちだったんだってことも全てぶつけてくれたと思ってる。

2023年はthe shes goneの体制が大きく変わった年で、新体制・サポートメンバーありでのツアーで、私の一番好きな曲の周年ツアーで、全部に思い入れがある。
兼丸さんが電話で嘘みたいに泣いたって言うDaishiくんの卒業も、きらめくきもちのドラマ主題歌も全部2023年。



正直ここの更新をサボってたので何を書くための記事か分からなくなってる。